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#67.仮縫いの話 その弐

Posted by KINN Tailor on 05.2012 仮縫いの話   0 comments   0 trackback
 私共のお客様に「お洒落代表」と呼んでも過言でない方が、お二人いらっ
しゃいました。
 N氏とT氏です。お二人とも服装のことを実に良くご存知で、また良く研究
もなさっていらっしゃたので、このお二人からは随分色々なことを教えて頂
きました。
 ところが、面白いことに服の作り方に対するご意見は全く反対といっても
良いほどでした。
 N氏は、服のデザインなどについては大変細かい所まで指示をされました。
例えば仮縫いの時、鏡の前でゴルフのクラブを振った時のポーズをなさって
(N氏はゴルフの達人でした)その時にできるパンツのシワの出方まで指示
される程でしたが、服の作り方については全く私にお任せで、「作るのは君
の仕事だから好きなようにしてくれ。僕は希望した形が出ればいいんだよ」
といった調子でした。
 一方のT氏は形も勿論ですが、作る工程に非常に興味をお持ちになり、作り
方まで工夫して試してみる…という方でした。
 お二人は年中私共においでになるのでよくお顔が合いましたが、その都度
お互いに冗談を言い合ったりするくらい仲もよろしく、私の母などは「うち
はまるでNTクラブみたいだわね」と言っていたほどです。

 さてT氏ですが…前述したように作る工程に興味を持たれていましたから、
仮縫いをとても大切にされました。
 普通、仮縫いは1~2回位行うのですが、T氏は4回も5回もなさいました。
つまり一着の服を大変時間をかけて少しずつお作りになるのです。
 永年に渡りご注文を頂いていましたので、かなりの数をお作りしましたが、
ずっと以前にお納めした服をお持ちになり、改造なさったりするのもお好き
でした。
 ある時とうとう「一週一度で良いから、あなたの時間をくれませんか」と
おっしゃいました。つまりその日はT氏だけの仕事をして欲しいとのご要望
だったのです。
 お引き受けすると、本当に週に一度朝10時頃お見えになり、一着の服を
お持ちになって「ここをこんな風に直してみて下さい」とおっしゃるのです。
 そして私が仕事をしている間、本などをお読みになって過ごされ、午後の
4時頃お帰りになりました。これが毎週…確か3年くらい続いたと思います。
 T氏はとても研究熱心な方でしたが、「襟まわり」へのこだわりが「プル
ダウン」
を生み出すことになりましたし、この技術が完成した時は、自分の
ことのように喜んで下さいました。
 ある時奥様から「あなたのところへ通うようになってから、とても嬉しい
らしくて家に帰ってからもとても機嫌が良いので助かります」と言われ、何
とも嬉しかった記憶があります。

 T氏がお亡くなりになって、この専属仕事は取りやめになりましたが、私
にとっては何より大切な思い出の一つです。
 そして、今も仮縫いの時にお客様とお話しできるのがとても貴重で楽しみ
な時間です。


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プロフィール

KINN Tailor

Author:KINN Tailor
服部晋(はっとり すすむ)
金洋服店 2代目店主
10代半ばから父・金生に師事し、洋服作りを修業。
伝統的な裁断・縫製技術を磨きながら日々研究を重ね「斜面裁断」や「プルダウン」など独自の技法を開発。
近年では後進指導のための私塾やセミナーなどを開催する一方で、技術継承のためにDVD制作にも積極的に取り組んでいる。

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