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#362.御殿場の話 番外編

Posted by KINN Tailor on 30.2018 懐かしい話   0 comments   0 trackback
 夏になると、子供の頃御殿場へ遊びに行った事を思い出します。
 ブログでもその頃の懐かしい話を何回かお話ししましたが、「いつ頃から
書いたか?」と思い、調べてみると…2012年9月に書いていたのがわかりま
した。自分としては、2~3年前の夏頃だったような気がしていましたので、
本当に時間が経つのは早いものです。

 さて、今回もちょっとその頃の話をしてみたいと思います。
 当時御殿場へ行くには、東京から電車に乗って行く訳です。以前のブログ
を読まれた方は「アレ、蒸気機関車じゃあないの?」と思われるかも知れま
せん(散々その話題も書きましたので…)。
 ちょっと説明しますと、その頃(1940年頃)は電車蒸気機関車の両方が
走っていました。全体としては、まだ蒸気機関車の方が多かったと思います。
東海道本線は国府津駅で"御殿場方面"と"沼津方面"とに分かれます。そして、
御殿場経由で沼津へ向かう御殿場線が蒸気機関車、熱海経由で沼津へ向かう
東海道本線は電車という風に分かれていたのです。
御殿場線**
 沼津方面に行くのが電車というのは理由があります。1934年に丹那(た
んな)トンネルが開通したのですが、蒸気機関車の煙を長いトンネル内に
排出
する訳にはいかない(丹那トンネルは7,804mもありますので)…と
いう事で、電車を走らせていた訳です。
 一方、分かれた御殿場線はどうかと言うと、こちらは蒸気機関車で伊豆の
山々を越えて
いかなければなりません。この山越えがなかなかの大仕事だ
ったのです。
 坂を登るためには、列車を引っ張る機関車1台では難しく、国府津駅で後
ろから押す補助の機関車を連結させていました。そして無事に山を越えると、
前の機関車の運転手が合図の汽笛を「ポ~、ポ、ポ」と鳴らします。すると
後ろの運転手が同じように汽笛を鳴らして、それに応えていました。鉄道好
きの私は、この汽笛の合図を聞くのが楽しみでした。 
 私の家は駅からかなり離れていましたが、よく聞こえましたので、空気が
澄んでいたのでしょう。
 連結された機関車は御殿場で切り離されますので、駅には何台もの機関車
が止まっていました。それを良く見に行ったりしたのですが、たまに燃料の
石炭
が駅の裏の道に転がっていたりしました。好奇心からか、拾って帰った
事があります。そして、さっそく実検!…という事で、風呂焚きに使ってみ
ました。御殿場の家は、いわゆる五右衛門風呂で、釜の下で薪を燃やす方式
でしたが、石炭を燃やすと!…さすがに火力が強く、あっという間にお風呂
が沸きました。
 当時は石炭などとても高価でしたから、普段から風呂焚きに使う事はでき
ませんでしたし、この石炭も考えれば旧国鉄のですから、今でしたらお咎め
があるのかも知れません。80年近く前の事ですので時効という事で、お許し
頂きたいと思います。

** 以前の御殿場のブログをご覧ではない方は、ぜひ2012年9月~10月
   #95~#99、2017年6月 #333,334も併せてお読み下さい **


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プロフィール

KINN Tailor

Author:KINN Tailor
服部晋(はっとり すすむ)
金洋服店 2代目店主
10代半ばから父・金生に師事し、洋服作りを修業。
伝統的な裁断・縫製技術を磨きながら日々研究を重ね「斜面裁断」や「プルダウン」など独自の技法を開発。
近年では後進指導のための私塾やセミナーなどを開催する一方で、技術継承のためにDVD制作にも積極的に取り組んでいる。

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