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#30.私の修業時代 その壱

Posted by KINN Tailor on 20.2011 修業時代の話   0 comments   0 trackback
 明治5年(1872年)12月12日に「太政官令」が出され、"日本の礼服"を
洋服にする
ことが定まったことで、沢山の技術者が洋服の勉強を始めました。

 最初は日本に来た英国の技術者が教え始めたようですが、洋服に関しては
中国の方が日本より少し先に習っていたので職人も多く、何人かの中国人が
日本に来て洋服の商売を始めました。
 私の父もその内の一軒だった日比谷の「トム」という店で修業をしました。
明治35年頃の話です。
 当時は良い教科書がなかったので、"口伝え"に勉強をしていたようです。

 私が勉強を始めた時、父は口伝えでは覚えるのに時間がかかるから、やは
り良い教科書が必要だ…と言って、米国で発行された教科書「Regal’s American
Garment Cutter」
を購入してくれました。

修行時代 画*

 全て英文でしたので、英語の勉強もしなくてはなりませんでした。
 父は「とにかく図を描いてみなさい。完全に頭に入るまで、何回でも描き
なさい
。一つの図を100回位描けば頭に入るだろう」と言いました。
 そこで、とにかく朝から晩まであり合わせの紙を使って描き続けました。
洋服には色々種類がありますので、それぞれ100枚となると、結構な労力を
必要としました。
 昔は徒弟制度でしたから、お店へ弟子入りすると縫製から少しずつ習って、
まず縫製職人になるのが普通の順序で、裁断というものはもう一格上のもの
と考えられていました。
 私は、部分的な縫製がある程度できるようになった頃から、裁断の勉強を
させてもらえたので、当時としてはとても特殊な恵まれた教育を受けられた
訳です。
 製図のことを理解できるようになると、自然と縫製の方へも頭が回るよう
になり、例えば、こんな形の製図をしてあるものを立体的にするには、どの
ような細工が必要か?
…ということに興味が湧いてくるのです。
 つまり製図をしながら縫製のことを考え、縫製をしながら製図を見直す
といった感じです。
 私は色々独自の発想で物を作るのが好きなのですが、早くから裁断と縫製
を教えてもらえたことがその要因になっているのかも知れません。



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プロフィール

KINN Tailor

Author:KINN Tailor
服部晋(はっとり すすむ)
金洋服店 2代目店主
10代半ばから父・金生に師事し、洋服作りを修業。
伝統的な裁断・縫製技術を磨きながら日々研究を重ね「斜面裁断」や「プルダウン」など独自の技法を開発。
近年では後進指導のための私塾やセミナーなどを開催する一方で、技術継承のためにDVD制作にも積極的に取り組んでいる。

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