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#291.細川ビル その壱

Posted by KINN Tailor on 15.2016 懐かしい話   0 comments   0 trackback
 先日、また用事ができて勝鬨橋の先まで出掛けました。

 その日は荷物が多かったので車で行きました。車の時はいつも六本木通り
から溜池に出て、それから新橋へ向かうのですが、この日は数年前に虎ノ門
まで開通した2号線の事を思い出し、走ってみましました。
 印象としては…新大橋通りに入る手前に急カーブが多くて、私には以前の
道の方が合っているようでした。
 ご存じの方も多いと思いますが、この2号線と言うのは「マッカーサー通
り」
と呼ばれていて、かなり以前(終戦直後)、マッカーサー元帥が駐留軍
の司令官として東京に居た頃から計画があった道路です。
 私は昭和33年の末から約13年溜池に住んでいて、父がまだ健在で港区芝
店があり、そこまで歩いて通っていましたので、あの辺りはとても懐かしい
所なのです。
 ただ実際に通ってみると、マッカーサー通りを開通させる為にかなり住居
やビルが取り壊されてしまった訳ですから、懐かしいというよりは「ありゃ、
こんなになっちゃったんだ・・・」というのが正直な感想でした。

マッカーサー**

 私が住んでいたのは、溜池の交差点からすぐの所にある「細川ビル」です。
 このビルは日本住宅公団が初めて市街地住宅として東京の中心部に4軒作
ったマンションの一つで、当時で言う所謂「下駄履き住宅(下の方の階が店
舗や事務所で上の方が住居になっているビル)」でした。この細川ビルは、
地下~3階が事務所や店舗で、4階は公団に土地を提供した人達の住居、5階
から10階が公団住宅になっていました。
 私は大変運が良くて、「い-1番」が当たり、5階の1号室(511号室→なぜ
11から番号が始まっているかは謎)を借りる権利を得ました。
 公団としてはこの「511号室」が一番良い部屋…としていたのだと思うの
ですが、家内が「屋上に洗濯物を干しに行くのに遠い(エレベーターはあり
ましたが)のでもっと上の方がいい」と主張していましたが、私は通勤する
のに1階に近い方が便利でしたので、話し合って結局「511号室」を借りる事
になりました。
 実は後からわかった事なのですが、当時はビルに高さ制限があって(確か
30メートル)本当は8階までしかできないのに、公団が一寸無理をして10階
建て
にしたので6階から10階までは少し天井が低くなっていたのです。
 住み始めてから仲良くなった8階の人の家に遊びに行った時、押し入れの
上にある天袋が小さかったので、やはり私は5階で良かったと思いました。
 このマンションは当時の最新のシステムを備えている…というのが売りで、
エレベータがあり、各階にはディスポーザー(生ゴミ粉砕機)が付いており、
そして単身者用(部屋にお風呂がない)に屋上にシャワールームと洗濯機が
備え付けられたりしていましたが、今思えば"溜池"という場所柄、近くに銭
湯などありませんでしたし、洗濯物は屋上しか干せませんでしたからエレベ
ーターやシャワーなど設置せざるを得なかったのだと思います。
細川ビル**

 〈つづく〉


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プロフィール

KINN Tailor

Author:KINN Tailor
服部晋(はっとり すすむ)
金洋服店 2代目店主
10代半ばから父・金生に師事し、洋服作りを修業。
伝統的な裁断・縫製技術を磨きながら日々研究を重ね「斜面裁断」や「プルダウン」など独自の技法を開発。
近年では後進指導のための私塾やセミナーなどを開催する一方で、技術継承のためにDVD制作にも積極的に取り組んでいる。

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