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#282.勝鬨橋の話

Posted by KINN Tailor on 06.2016 懐かしい話   0 comments   0 trackback
 先日、月島にお住まいのお客様の所へ伺う際に、久し振りに「勝鬨橋」を
渡りました。銀座まではたまに行く事がありますが、そこから先へ行く事は
この50年位ありませんでしたので、本当に久し振りな気持ちになりました。
 その時にふと「そう言えば、勝鬨橋は跳開橋だったんだなぁ」と、また昔
の事を思い出しました。

 若い方達はご存じないかと思いますが、勝鬨橋は昭和15年(1940年)に
築地と月島の間に掛けられた橋で、当時は船の往来がありましたので、橋の
中央が両側に跳ね上がる"跳開橋"として大変な話題になりました。
 私はちょうど10歳でしたが、完成した時にはラジオ(当時テレビはまだ
ありません)や新聞で大きく取り上げられました。
 その頃私は新橋駅の近くに住んでいて、築地はさ程遠い所ではありません
でしたので、橋が両側に開いて船が通るところを是非一度見たいものだ!と
思っていました。ただ、まだ一人で出掛られる年齢ではありませんでしたの
で、実際には観れず終いでした。
 それからかなり経った頃・・・たぶん27歳位だったと思いますが、用事が
あって築地まで行った時に偶然橋が開くところを見る事ができたのです。
 橋の中央が開き、そこをかなり背の高い大きな船が通過して行くのを見た
時は、感動しました。橋が開いているのを見られた事も感激でしたが、鉄道
マニアの私が最も興味を持っていた都電にまつわる"ある事"が解決したのに
も感激でした。

 当時は橋の上を人や車だけでなく、都電も通っていました。都電は上から
電気を摂っていますので、開く時にその電線がどうなるのか?…に大変興味
があったのです。
 構造としては、跳ね上がる箇所に特殊な金具が付いていて、そこで電線が
折れるようになっていました。実に巧くできているなぁ…と関心しましたが、
出掛ける時に橋の事をすっかり忘れていましたので、カメラも持っておらず、
折角のチャンスだったのに悔しい思いもしました。

 その後大きな船が通る事もなくなり、1970年以後は開閉しなくなりました
ので、今考えてみると、あの…たった一度の”大切な偶然” を写真に収める事
ができなかったことが残念でなりません。

 このブログを書くにあたって、勝鬨橋について少し調べてみました。
 私はこの名前の由来は、橋が跳ね上がったところが「バンザイ」をしてい
るみたいなので勝鬨橋(かちどきばし)と云うのだろう・・・と思っていた
のですが、全く違いました。
 事実は、日露戦争の勝利を記念して隅田川を渡る渡し船ができて、その名
を「勝鬨の渡し」とし、そこにできた橋なので「勝鬨橋」と名付けられたの
だそうです。
「橋がバンザイしている」というのは、当時10歳だった子供らしい発想かも
知れませんが、それを一度も疑った事がなく、こんな歴史的な意味があった
事こそが私にって大変意外な事でした。

勝鬨橋**


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プロフィール

KINN Tailor

Author:KINN Tailor
服部晋(はっとり すすむ)
金洋服店 2代目店主
10代半ばから父・金生に師事し、洋服作りを修業。
伝統的な裁断・縫製技術を磨きながら日々研究を重ね「斜面裁断」や「プルダウン」など独自の技法を開発。
近年では後進指導のための私塾やセミナーなどを開催する一方で、技術継承のためにDVD制作にも積極的に取り組んでいる。

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