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#267.金洋服店とモーニング その壱

Posted by KINN Tailor on 15.2016 礼服の話   0 comments   0 trackback
 今回より、私共金洋服店における「モーニングの変遷」についてお話して
いきたいと思います。

 この話をするには、まず私の父の話から始めなくてはなりません。私の父
金生(かねお)が修業をしたのは、私の祖父(父の父親で当時は婦人服店
を開業していました)の友人の紳士服店(帝国ホテルの近くだったそうです)
でした。
 店名は「トム(TOM)」と云い、作家の永井荷風さんが『洋服論』という
作品の中で、「この店ならば、燕尾服などの礼服を仕立てても大丈夫だ」と
評価してくれた店でしたので、特に礼服を得意としていて、父も修行時代を
振り返り、「礼服の勉強はしっかりさせてもらえた」と話していました。

 その後、大正2年(1913年)の正月に「金洋服店」を創業しましたが、1月
3日に最初のお客様がお越しになり注文されたのが、モーニングコートでした。
こういった経緯からも、私共とモーニングは大変縁が深いと言えます。
 大変有り難い事に、父は良いお客様に恵まれていました。それと言うのも、
トム洋服店に勤めていた頃からのお客様であった徳川篤敬様(徳川慶喜公の
甥)が沢山のお友達を紹介して下さり、その方達の中に華族の方が何人も
いらして、礼服を作られる機会が多かったのです。そして徐々に"礼服が得意
な店"
として知られるようになった訳です。
 その当時礼服で一番作られていたのがモーニングでした。当時の服は英国
を手本として作られていましたが、お客様の中には英国人の方がいらしたり、
海外(主に英国)へお出掛けになる方もいらっしゃったそうで、そういった
方々の服をお手本にしたり、具体的なご要望を伺う事ができたのも、父が恵
まれていた証だと思います。

 大正時代の正式な礼服はモーニングではなく、フロックコートでしたから、
父はフロックコートもかなり作ったそうです。ただフロックコートはダブル
ですから、かなりきっちりとした感じが強く、それを少し軽い感じにしよう
と、ダブルの形のままでシングルとして着用するのが流行ってきました。
 父はその傾向を見て、「これはダブルのフロックコートをお作りになった
方達が、いずれはフロックコートをモーニングコートに変えられないか?
仰るのではないか…」と予測し、モーニングに直せるようにフロックコート
の裁断法に手を加える!
という大胆な事をしたのです。

〈つづく〉
フロックコートシングル風**


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プロフィール

KINN Tailor

Author:KINN Tailor
服部晋(はっとり すすむ)
金洋服店 2代目店主
10代半ばから父・金生に師事し、洋服作りを修業。
伝統的な裁断・縫製技術を磨きながら日々研究を重ね「斜面裁断」や「プルダウン」など独自の技法を開発。
近年では後進指導のための私塾やセミナーなどを開催する一方で、技術継承のためにDVD制作にも積極的に取り組んでいる。

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