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#192.工作の話 その弍 Uコントロール

Posted by KINN Tailor on 18.2014 懐かしい話   0 comments   0 trackback
 1945年に終戦を迎えましたが、その直後は一体どうやって生活をすれば
いいのか手探り状態で、まずは食料を確保する事が最優先でしたので、模型
飛行機どころではありませんでした。しばらくは農家の手伝いをして食べ物
(主にお米)を貰って来るような生活を送っていました。

 終戦から1年半位経って、やっと模型作りが再開できるようになりました。
意外に早く模型作りができるようになったのは、何か物を作る・・・という
事で精神的に「復興しよう」という思いがあったのかも知れませんし、日本
に駐在していた米国軍人の中に模型好き(特に飛行機)の人が割と多くいた
事も理由の一つだったようです。
 軍人達が楽しんでいたのはライトプレーンとかではなく、エンジンで飛ぶ
タイプの物でしたので、私たちも自然とエンジン付きの飛行機を作るように
なりました。その頃流行っていたのが「U コントロール(略して Uコン)」
でした。
 作り方は結構難しく、誰もが簡単に組み立てられるような代物ではありま
せんでした。
Uコン 組み立て方**
 終戦後、日本では本物の飛行機を作ったり運航することは禁止されていま
したので、それまで航空関係の仕事をしていた人たち…設計士や学者等が、
本物が駄目ならせめて模型で・・・という事で模型の世界に入って来ていた
ようです。
 当時の雑誌には、そういったプロの人たちが翼の形だの厚さだの…大変な
理論までも掲載するようになっていましたので、結構本格的に勉強する事が
できました。
 1機作るのに大体1ヶ月位かかりました。そして、いよいよ飛ばす訳ですが
…最初は何しろ馴れていませんから、飛び上がったかと思うとすぐに墜落し
て壊れる・・なんて事の繰り返しです。その内上がったり下がったりの操縦
ができるようになり、徐々に上手くなると背面飛行だの宙返りなどもできる
ようになります。
Uコン 飛ばし方**
 やってみて意外だったのは、上手に飛ばしている人程大きい飛行機を使っ
ているという事でした。初めは小さい飛行機の方が操縦が楽だと思っていた
のですが逆だったのです。大きな機体の方が力が強いためか、風を受けたり
してもゆったりと飛んで具合がいいのです。
 しばらくしてから、仲間と一緒にACORN模型倶楽部(エーコン=つまり
どんぐりの背比べから取った名前)というのを作り大会に出たりしました。
残念なことに優勝は逃しましたが、2位になった事がありました。

 このブログを書くにあたって、模型用のエンジンのことを調べてみました
ら、私が当時使っていた“エンヤ”(塩谷製作所)製が今でもありました。
 当時の値段は忘れてしまったのですが、現在、エンジン1個 11,000円で
売っていますので、大体そんな感じの値段だったのだと思います。17~8歳
の子供がエンジンを買うのは大変でしたので、飛ばし方をしくじって墜落し
ても、機体は壊れてもエンジンは壊れなかったのが救いでした。
 以後自分なりに模型の研究をして新しい型の飛行機を作っても、エンジン
は同じ物を積み替えて飛ばしていました。

 その後2年位模型飛行機作りにかなり熱中しましたが、ある事がきっかけ
で新たな分野の模型を作る事になりました。
 この続きは次回お話しましょう。


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プロフィール

KINN Tailor

Author:KINN Tailor
服部晋(はっとり すすむ)
金洋服店 2代目店主
10代半ばから父・金生に師事し、洋服作りを修業。
伝統的な裁断・縫製技術を磨きながら日々研究を重ね「斜面裁断」や「プルダウン」など独自の技法を開発。
近年では後進指導のための私塾やセミナーなどを開催する一方で、技術継承のためにDVD制作にも積極的に取り組んでいる。

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