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#178.木の話 その壱

Posted by KINN Tailor on 12.2014 特別な話   0 comments   0 trackback
 前回、私の父は木で作った物がとても好きだった…と書きましたが、その
きっかけになったのが関東大震災だったようです。

 父は大正2年に独立して芝に店を構え、そこに住んでいましたが、その10
年後に震災があり、家は焼けてしまいました。そこで品川に近い所に家を借
りて、芝の家の後始末に毎日歩いて通ったそうです。その途中には指物師
お店があって、その店の前を通る時に職人さんの仕事ぶりを見せて貰うのが
楽しみだったそうです。
 その職人さんの腕が大層良かったので、自分の店を建て直す時には家具
作って貰おうと決めていたそうです。そして・・・・

 まず最初に注文したのが、仕事をするための戸棚が付いた大きな台です。
残念ながら木の材質は聞き逃してしまったのですが、今でも私が仕事台とし
て使っているその台は、タチダイ(裁断台)と呼んでいました。
 関東大震災が大正12年で父が家を建て直したのが翌年ですから、今から90
年位前
の物になりますが、とても立派で風格があります。やはりきちんと作
られたた物はいつまでも丈夫で本当に長持ちする・・・という見本のような
物です。

裁断台
裁断台

 その後、芝大門の方にいた別の指物師さんとも親しくなりました。このご
主人も大変木が好きな方で、色々な材質の木を見せてくれたのだそうです。
そして「旦那、これはとても良い木だから買っておくといいですよ」という
風に薦めてくれて、買った木はそこに預けておいていました。
 何年かすると「そろそろ乾いたようだから、何かお作りなさい」と言って
きてくれ、そうすると父は家の中の家具や道具類を注文して、少しずつ増や
していきました。
 現在でも残っている物が幾つかあります。店に置いてある栃の木の大きな
テーブルもそうですが、これはあまりに厚いので2つに割いて1枚はテーブル
もう1枚は仕事用のバン板になりました(バン板は仕事をする時にテーブル
の上に置く板の事で、その上で鋏を使ったりしても良いような丈夫な板の事
を云いますが、なぜ「バン板」と呼んでいるのかは正直わかりません)。
 父はよく「この2つは、元は1枚の板・・・夫婦板だったのだから、いつも
一緒に置いてやらないと可哀想だ」と言っていました。

テーブル
テーブル

バン板**
バン板

 昭和16年から戦争が始まりましたので、かなりの荷物を御殿場へ疎開させ
ました。この時にテーブルの方は疎開させたのですが、バン板は仕事で使う
ので芝に残す事になり、しばらくの間2枚の板は離ればなれになりました。
 その後、空襲にあった時に色々な物が焼けてしまったのですが、このバン
板は無事に残り、その後テーブルとまた会う事ができたのです。

 こういった家具や道具類でも運が良いのと悪いのがあるのかも知れません
ね。木の話はもう少しありますので、次回続きをお話ししたいと思います。


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プロフィール

KINN Tailor

Author:KINN Tailor
服部晋(はっとり すすむ)
金洋服店 2代目店主
10代半ばから父・金生に師事し、洋服作りを修業。
伝統的な裁断・縫製技術を磨きながら日々研究を重ね「斜面裁断」や「プルダウン」など独自の技法を開発。
近年では後進指導のための私塾やセミナーなどを開催する一方で、技術継承のためにDVD制作にも積極的に取り組んでいる。

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