Loading…

#113.懐かしい乗り物 その壱

Posted by KINN Tailor on 28.2013 懐かしい話   0 comments   0 trackback
 私が子供の頃、母に連れられてデパートへ買い物に行く時に、よく”円タク”
を使いました。その頃のタクシーにはメーターが付いてなく、東京をどこ迄
走っても1円…と云う事で円タクと呼ばれていましたが、実際には車を止め
てから運転手さんに行き先を告げて、値段を交渉するやり方でした。
 当時私の家は芝(住所では新橋7丁目)にあって、三越本店によく行った
のですが、60銭位だったと思います。デパートの帰りに銀座の木村屋へパン
を買いに寄ることもあり、そんな時も「ちょっと木村屋でパンを買いたいか
ら少し待ってもらえますか?」と話すと、運転手さんが「それじゃあ10銭
して下さいな」と返答してくるという具合です。

 私が学校へ通う時には市電(まだ東京市でした)を利用していましたが、
これがちょうど7銭でした。当時は乗り継いで遠くに行く時も、車掌さんに
言うと乗換切符というのを発行してくれて、どこまで行っても7銭でした。
 家のすぐ近くに「浜松町1丁目」という停車場があったのですが、ここは
ある運行路線の終点だったので、お客さんが降りた後は反対方向へ出発する
事になります。
 当時の市電は、屋根の上に電気を取るための長いポールが付いたのですが、
終点からは逆向きに発車をするために、ポールの向きを反対側に移動させな
ければなりませんでした。そこで、車掌さんがポールから出ているロープを
引っ張ってポールを反対向きにしていたのですが、子供の私たちにはその作
業がとても面白くて、よくポールを引っ張る仕草を真似して遊んだものです。
    市電その1**
    市電 上から見た図**
 少し後の話しになりますが、結婚をしたての頃に家内と車で横浜に行った
事がありました。横浜はあまり詳しくなかったので、走っている内に道に迷
ってしまいました。少し走っていると線路のある道に出たので「しめた!」
と思って線路に沿って走ってみたら、ちゃんと国鉄(今のJR)の駅のある所
に出たので、場所も何となく分かって無事帰る事ができました。線路という
のは道標(みちしるべ)にもなるのだなぁ…と感心したものです。
 今や都電は1系統だけになってしまいましたが、私には身近にあった乗り
物としてとても思い出深いものです。


  • password
  • 管理者にだけ表示を許可する

trackbackURL:http://kinntailor.blog98.fc2.com/tb.php/156-18b70923

プロフィール

KINN Tailor

Author:KINN Tailor
服部晋(はっとり すすむ)
金洋服店 2代目店主
10代半ばから父・金生に師事し、洋服作りを修業。
伝統的な裁断・縫製技術を磨きながら日々研究を重ね「斜面裁断」や「プルダウン」など独自の技法を開発。
近年では後進指導のための私塾やセミナーなどを開催する一方で、技術継承のためにDVD制作にも積極的に取り組んでいる。

カウンター

検索フォーム

ブロとも申請フォーム

QRコード

QR