Loading…

#97.御殿場の家 その参

Posted by KINN Tailor on 08.2012 懐かしい話   2 comments   0 trackback
 御殿場の家は、今のJR御殿場駅から箱根の方角に向かって15分程歩いたに
ありました。
その頃は道路は舗装されておらず、土と砂利の道でした。両側が稲田で夏は
蛙がにぎやかに鳴いていた為、土地の子供達は「ゴロタ道」(ゴロタは蛙の
こと)と言っていました。
 家は茅葺屋根でしたので、都会から行った私達にはとても珍しく感じられ
ました。
 私が15~16歳の頃でしたか…屋根の葺き替えをしたことがありましたが、
それこそ面白くて一日中見ていたのを覚えています。
 その頃丁度「御殿場とは」と題したアルバムを作成していたので、葺き替
えの様子を写真に撮って記録していました。

97_1.大屋根の大修理

 当時の家には水道はありませんから、井戸から水を汲まなくてはならなか
ったのですが、大工さんが「都会の人は蛇口から水が出ないと困るでしょう」
と言って、裏庭に高い櫓を組みタンクを乗せて、台所やお風呂場、洗面所など
の蛇口から水が出るようにしてくれました。
タンクに水を溜めるのは私達子供の役割で、井戸のポンプを200回だか300
回だか忘れましたが、タンクから水がジャーッと溢れて来るまで一生懸命漕
いだものです。
          井戸ポンプのイラスト**
 ポンプを漕ぐのは疲れましたが、そのお陰でお風呂に水を運ばなくて済み
ました。お風呂はいわゆる”五右衛門風呂”で、大きな鉄の風呂桶があって、
その下で薪を燃やしてお風呂を沸かしました。薪でお風呂を沸かすのは一寸
いいものでしたし、割と得意でしたので率先して風呂焚きをしていました。
 お隣のお屋敷(例の1万坪のお客様)にかなりの杉林があって、枯れた杉
の葉が沢山落ちていて、お隣の方も「どうぞ御遠慮なくお拾いなさい」と言
って下さったので、時々"アンペラ"の袋(むしろで作った袋で野菜などを入
れていた)を持って落ち葉を拾わせてもらいました。この葉がとてもよく燃
えるので”タキツケ”としては理想的でした。
 薪で沸かしたお風呂の温度は20分位しか保ちませんので、うちのように人
数が多い場合は、交代でお風呂を沸かさなくてはならないのですが、最初に
お話ししたように御殿場は雨の日が多かったですし、大雨の場合は焚き付け
をする所に雨水が溜まってしまってお風呂を沸かすことができなくなってし
まうこともありました。
 薪で沸かす五右衛門風呂は風流ではありますが、やはり実用性には欠ける
ようです。

  次回は御殿場での美味しかったお話しをしたいと思います。

97_3.アルバム見出しの写真
*当時作ったアルバム「御殿場とは」

屋根の葺き替えなど貴重な記録ですね。当時は、生活を取り巻く全てのモノが自ら関わる身近なモノ・コトだったのですね。
なんだか、不便だけど生きている実感がある、ある面心豊かな時代ですね。
それにしても、当時の写真を撮り残されていること自体貴重なことです。
どんなカメラを使用されていたのでしょうか?
自ら、現像もなさっていたのでしょうか?
2012.10.14 23:47 | URL | リカルド夙川 #- [edit]
リカルド夙川様
 
 いつもありがとうございます。
当時使っていたカメラは、セミ・ライラという
前蓋が開いてレンズが飛び出すタイプでした。
ロールフィルムを使い、1本12枚撮りくらいだった
と思います。
御殿場時代、現像はしていませんでした。
このシリーズも次回でいよいよ最終話の予定です。
宜しくお願いいたします。
2012.10.15 16:51 | URL | 服部 晋 #- [edit]


  • password
  • 管理者にだけ表示を許可する

trackbackURL:http://kinntailor.blog98.fc2.com/tb.php/133-8edde7f5

プロフィール

KINN Tailor

Author:KINN Tailor
服部晋(はっとり すすむ)
金洋服店 2代目店主
10代半ばから父・金生に師事し、洋服作りを修業。
伝統的な裁断・縫製技術を磨きながら日々研究を重ね「斜面裁断」や「プルダウン」など独自の技法を開発。
近年では後進指導のための私塾やセミナーなどを開催する一方で、技術継承のためにDVD制作にも積極的に取り組んでいる。

カウンター

検索フォーム

ブロとも申請フォーム

QRコード

QR