FC2ブログ
Loading…

#376.十干十二支の話 その弐

Posted by KINN Tailor on 18.2019 干支の話   0 comments   0 trackback
 私が "十干十二支" に興味を持ったきっかけは、当時の成績表の評価に
「甲乙丙」が使われていた事です。
 「何で1番、2番、3番ではなくて、甲、乙、丙なのだろう?」…と最初は
思いました。
 「あの子は級長をやっているけれど、級長をやっている子は大抵、全甲
(ぜんこう:全ての評価が甲)の子だ」…などという話をよく聞いたりした
ものです。
 そこで、「甲乙丙」というのは単なる順番ではなく、きっと意味がある
違いない」…と思い、調べる事にした訳です。
 私の叔父で、僧侶であり大学教授も務めていた人が居たのですが、その人
「東洋の暦」についても詳しく、よく父とその類の話をしていましたので、
余計興味を持ったのだと思います。
 その時にわかった事をごく簡単に解説すると、こうです。

 東洋の暦はもともと5つの要素…木・火・土・金・水で成り立ち、これを
五行(ごぎょう)と呼ぶ。それぞれ表側と裏側があり表側を兄(え)、裏側
を弟(と)と呼ぶ。これらの要素を表と裏に分けて十干になる訳です。
 ここまでの調べて甲乙丙には続きがある事、そしてそれはから
来ているという事はわかったのですが、肝心の甲乙丙にどのような意味が
あってその順番なのか?…は、調べる事ができなかった・・というか、子供
だったので、干支がわかったところで満足してしまったのだと思います。

 さて前述した叔父の父親は、暦について更に詳しい・・というか、暦その
ものを研究をしていて「東洋占術」では名の知れた人でした。
 私の父はあまり占いを信じる人ではありませんでしたが、一度だけ「一生
に起こる事」
…を見て貰った事があるそうです。父の話では、ほぼ 9割がた
その通りだったという事でしたから大したものです。
 私はこの話を随分後になって、父が歳を取ってから聞かされました。確か
父が60代だったと思います。その占いには父が64歳になるまでの事が書いて
あって、「この先は?」と聞いてみたところ、「必要無し」と言われたそう
で、父は「私の寿命は64歳だ」…と、よく言っていました。
 実際には80歳迄生きましたので、寿命はまだあった分けですが、考えて
みると64歳からは比較的平穏でしたから、特に記述する事はなし…という
意味だったのかも知れません。
 父は仕事一途ではありましたが、人の面倒を良く見る人でもありました。
そういった事が寿命を伸ばしてくれたのかも知れません。
 私も父のように、少しでも何かの役に立てるように・・という気持ちで
日々過ごしています。

     *   *   *   *   *   *

 1月に私のAcademyの生徒さん達と新年会をしました。
 沢山の参加者が居て、とても楽しいひと時…年の初めとなりました。

新年会2019**
  

プロフィール

KINN Tailor

Author:KINN Tailor
服部晋(はっとり すすむ)
金洋服店 2代目店主
10代半ばから父・金生に師事し、洋服作りを修業。
伝統的な裁断・縫製技術を磨きながら日々研究を重ね「斜面裁断」や「プルダウン」など独自の技法を開発。
近年では後進指導のための私塾やセミナーなどを開催する一方で、技術継承のためにDVD制作にも積極的に取り組んでいる。

カウンター

検索フォーム

ブロとも申請フォーム

QRコード

QR