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#273.金洋服店とモーニング その七
私の父は普通の洋服店店主=所謂「ビスポークテーラー」で、特に礼服を
得意としていた訳ではないのですが、お客様に恵まれ一般の同業他店よりも
礼服を作る機会がずっと多かったため、"礼服が得意な店"と言われるように
なりました。
礼服の中で、ご注文を頂いた数ではモーニングが一番多かったのですが、
父自身もモーニングが特に好きだったようで、色々と工夫をしていました。
父は日本人の体形について「別に形が悪い訳ではないけれど、やはり外国
人に比べて背丈やボリュームが足りないから、バランスを良くしないといけ
ない」と言っていました。つまり日本人がモーニングを着ると、どうしても
四角く、着物のような感じに"こじんまり"見えてしまう…という事でした。
着物に比べて洋服は立体的で全体的に緩やかなラインがあるので、それを
表現したかったようです。
父が特に大切にしていたのが後姿でした。「後姿がすんなりしているモー
ニングは全体の姿が美しく見える」…という事で、タンザクの幅を一般に作
られている物よりも狭くしました。そしてダルマ形のカーブにも気を使って
いました。
私は最初の頃、外国の製図本を参考にしていましたので、このダルマ形の
カーブをコンパスを使って描いていましたが、父にカーブを描き直すように
アドバイスされました。父はサイバラの上の方に膨らみをもって行くカーブ
…つまりコンパスで描かれるラインではなく、放物線のようなカーブを好ん
でいました。

更に父は、「形が美しくなるのなら、縫い方は変えて良い」という考え方
でしたので、従来のやり方を変える事にあまり躊躇しませんでした。
例えばモーニングのジャケットの脇を絞った形にしたい場合、一般的には
前身にダーツを取りますが、父はこのダーツをアームホールまで抜いてしま
い、サイバラを2枚にする方法を取っていました。この方がラインがスッキリ
するからです。
また見返しは、普通スカートの縫目まで付けて、スカートの部分には付け
ませんが、父はスカートまで長く延ばして付けました。手間は掛かりますが、
身頃とスカートに段差が出ませんし、スカートの流れや動きがとても綺麗に
なるというのが理由です。
他にもサイバラの裏地を変えてみたり…と、色々と細かい所まで工夫して
いました。
父らしさが出ている所としては、仮縫いの時のタンザクの部分です。普通
は(図のように)背中心の縫い目で折って止めておきます。父は背縫い目を
途中から少しねじって実際の仕上がりの位置まで持って行き、止めます。
仕上がりには全く関係ない事ですし、生地をねじるためにアイロンワーク
をしなければなりません。そして仮縫いが終わった後にはまた生地を戻す…
という手間が掛かるのですが、父は仕上がりの形をお客様に見て頂きたくて、
このようにしたのだと思いますし、私もこのやり方を引き継いでいます。
なぜなら、仮縫いの時に仕上がった状態に近い形にするのは、お客様だけ
でなく作る側の私たちとしても安心する事なのです。


写真:私共のモーニング 背の仮縫い
〈つづく〉
得意としていた訳ではないのですが、お客様に恵まれ一般の同業他店よりも
礼服を作る機会がずっと多かったため、"礼服が得意な店"と言われるように
なりました。
礼服の中で、ご注文を頂いた数ではモーニングが一番多かったのですが、
父自身もモーニングが特に好きだったようで、色々と工夫をしていました。
父は日本人の体形について「別に形が悪い訳ではないけれど、やはり外国
人に比べて背丈やボリュームが足りないから、バランスを良くしないといけ
ない」と言っていました。つまり日本人がモーニングを着ると、どうしても
四角く、着物のような感じに"こじんまり"見えてしまう…という事でした。
着物に比べて洋服は立体的で全体的に緩やかなラインがあるので、それを
表現したかったようです。
父が特に大切にしていたのが後姿でした。「後姿がすんなりしているモー
ニングは全体の姿が美しく見える」…という事で、タンザクの幅を一般に作
られている物よりも狭くしました。そしてダルマ形のカーブにも気を使って
いました。
私は最初の頃、外国の製図本を参考にしていましたので、このダルマ形の
カーブをコンパスを使って描いていましたが、父にカーブを描き直すように
アドバイスされました。父はサイバラの上の方に膨らみをもって行くカーブ
…つまりコンパスで描かれるラインではなく、放物線のようなカーブを好ん
でいました。

更に父は、「形が美しくなるのなら、縫い方は変えて良い」という考え方
でしたので、従来のやり方を変える事にあまり躊躇しませんでした。
例えばモーニングのジャケットの脇を絞った形にしたい場合、一般的には
前身にダーツを取りますが、父はこのダーツをアームホールまで抜いてしま
い、サイバラを2枚にする方法を取っていました。この方がラインがスッキリ
するからです。
また見返しは、普通スカートの縫目まで付けて、スカートの部分には付け
ませんが、父はスカートまで長く延ばして付けました。手間は掛かりますが、
身頃とスカートに段差が出ませんし、スカートの流れや動きがとても綺麗に
なるというのが理由です。
他にもサイバラの裏地を変えてみたり…と、色々と細かい所まで工夫して
いました。
父らしさが出ている所としては、仮縫いの時のタンザクの部分です。普通
は(図のように)背中心の縫い目で折って止めておきます。父は背縫い目を
途中から少しねじって実際の仕上がりの位置まで持って行き、止めます。
仕上がりには全く関係ない事ですし、生地をねじるためにアイロンワーク
をしなければなりません。そして仮縫いが終わった後にはまた生地を戻す…
という手間が掛かるのですが、父は仕上がりの形をお客様に見て頂きたくて、
このようにしたのだと思いますし、私もこのやり方を引き継いでいます。
なぜなら、仮縫いの時に仕上がった状態に近い形にするのは、お客様だけ
でなく作る側の私たちとしても安心する事なのです。


写真:私共のモーニング 背の仮縫い
〈つづく〉