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#269.金洋服店とモーニング その参

Posted by KINN Tailor on 29.2016 礼服の話   0 comments   0 trackback
 昭和16年(1946年)12月 に第二次世界大戦が始まってしまう訳ですが、
その1~2年前から海軍将校の方々が頻繁に来店されるようになりました。
 この方達は駐在武官として海外(米、英、仏、独、伊…等)へ派遣され、
各国の要人とお付き合いする事になるため、軍服だけではなく礼装も必要と
いう事でご注文にいらした訳です。
 お話によると、外務省のどなたかが「金洋服店の服ならば外国で充分通用
するから」と言って薦めて下さったのが発端だそうで、大変有り難い事です。

 殆どの方が燕尾服、モーニングコート、ディナージャケット、そして礼装
用のオーバーコートという礼装一式を作られました。
 この頃私はまだ子供でしたが、何となく仕事に興味を持ち始めていて仕事
場をウロウロしていましたので、この時の事は良く覚えています。
 当時礼服に使用していた生地は主に英国製(ジョン・クーパー社)で、今
の生地よりもやや肉厚でしっかり織られていて、シワになりにくい上質な物
でした。
 お客様は軍人の方々だったせいか体格の良い方が多く、大層立派な礼服が
作られていく・・という印象がありました。沢山の礼服を仕立てている様子
が見られた事は、後に自分が一人の職人として仕事をしていく上で大変素晴
らしい環境でしたし、礼服への思い入れが強くなったのもこの体験が影響し
ているのではないかと思います。

 戦争が始まってからは、仕事上でもかなり影響が出てきました。まず一番
困った事は、主として使っていた英国製の生地が入手できなくなった事です。
それでも父はかなり沢山の在庫を持っていましたので、いきなり生地がなく
なる事はありませんでした。
 一番恐れていたのは、空襲で生地が焼けてしまう事でした。そこで生地を
御殿場の家へ疎開させようと移動を始めました。ところが暫くすると移動禁
止の法令
が出てしまい、それもできなくなりました。
 あるお客様も生地が大変お好きで、沢山の生地をお求めになり、私共で
お預かりしていたのですが、お客様のお宅に石造りの蔵がある…という事
で、全ての生地をクラフト紙で包み、防虫剤を入れてお届けしました。
 結局、疎開できなかった生地は東京大空襲の時に全て焼けてしまいました。
 先程のお客様の石蔵の中の生地は全て無事で、終戦後まで大切に保管され
ていたのですが、この沢山の生地が後になって大変大きな役割を果たす事に
なるのです。

 昭和20年に戦争が終わり、その後暫くは"何となく作業をしていた"ような
状態が続きましたが、徐々に疎開していた職人さんが戻ってきたり、お客様
からの勧めもあったりして、23年頃から仕事を再開しました。
 そしてそんな状況だったところに、大変大きな仕事が入って来たのです。
 それは、皇太子殿下(今上天皇)の立太子礼の御準備をする…という案件
でした。

〈つづく〉
  

プロフィール

KINN Tailor

Author:KINN Tailor
服部晋(はっとり すすむ)
金洋服店 2代目店主
10代半ばから父・金生に師事し、洋服作りを修業。
伝統的な裁断・縫製技術を磨きながら日々研究を重ね「斜面裁断」や「プルダウン」など独自の技法を開発。
近年では後進指導のための私塾やセミナーなどを開催する一方で、技術継承のためにDVD制作にも積極的に取り組んでいる。

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