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#195.アルパカの裏地

Posted by KINN Tailor on 08.2014 裏地の話   0 comments   0 trackback
 先日、久々にハッキングジャケットのご注文を頂きました。

 ご注文を下さった古くからのお客様は、英国風の伝統的な洋服がお好みで、
少し前にはノーフォークジャケットニッカボッカーズを厚手のツィードで
お作りになっています。ご趣味で乗馬をなさる方なので、今回はハッキング
ジャケットになったのだと思います。

 表地は1960年代までスコットランドで作られていた「カイノック社」
ツィードです。カイノック(KYNOCH)社は、ジャケット用(いわゆる替え
上着)の生地で大変有名で、当時父や私もよくお客様に勧めていました。
 残念ながら1970年代にはこの会社はなくなってしまったのですが、今回
“ビンテージクロス”として出てきた物です。ツィードの中では比較的柔らか
く軽い仕上がりの茶系統の生地です。

_カイノック
カイノックの生地

 そして裏地には今では大変珍しくなった「アルパカ」をご所望されました。
今から50~60年前までは裏地として盛んにアルパカがよく使われていました
が、当時は表地が今よりもずっと厚味があったのでアルパカが丁度良かった
訳です。
 現在ではアルパカを使うことが殆どありませんので、付属屋さんに在庫が
残っているかどうか心配でしたが、今回は幸いにも丁度良い茶色の生地が残
っていたので助かりました。
 注文をした際に付属屋さんから「同じアルパカで深緑もあるので、一緒に
どうですか?」と勧められたので一緒に仕入れるこ事にしました。この手の
希少な物はタイミングを逃すと手に入らなくなるので、いつか使えれば…と
いう気持ちで注文しました。
 ところが、このジャケットを注文されたお客様が「ベストとパンツも作り
たいと思うのですが、何か面白い生地で緑色の物などありませんか?」と仰
ったのです。
 早速仕入れた深緑のアルパカの裏地をお見せしたところ、色を大変気に入
って下さり、その裏地に合う表地を探す事になりました。今回は裏地が先に
決まった生地選びになった訳で、極めて珍しいケースです。

 色々と見本を見て頂いた結果、表地はモールスキンの緑色になりました。
先日仕上がりましたが、カジュアルなデザインではありますが、しっとりと
落ち着きがある印象になりました。

ジャケ&生地**
左)表:モールスキン、裏:アルパカのベスト  右)アルパカ生地

 最後にアルパカの話を少々・・・。
 アルパカ(Alpaca Wool)は南米ペルーで産出するラクダ属のパコと言う
動物の毛が原料です。パコの毛は上毛と下毛があって、下毛は柔らかくて長
く、絹のような光沢があります。セーター等の毛糸やジャケットやオーバー
コート用の生地になります。
 一方上毛は固く短い毛で、細くてハリがあります。この上毛が裏地になる
訳です。アルパカの裏地と言うと、柔らかなイメージを持たれる方が多いか
も知れませんが、実際にはハリがあるサラっとした触り心地の生地です。
 アルパカの名前の由来ですが・・・ペルーの土語で羊の事をパコと言い、
それにアラビア語の定冠詞アルが接頭語として結び付けられ、それが訛って
できたスペイン語…という大変複雑なもので、「パコの毛」という意味なの
だそうです。
「アルパカ」という名前の動物がいると思っていらした方も多かったのでは
ないでしょうか・・・?

#186.絹の話 その弐

Posted by KINN Tailor on 07.2014 裏地の話   0 comments   0 trackback
 前回、絹は洋服の裏地として沢山使われていた…と言う話をしましたが、
私共の店でも戦前は裏地と言えば大抵は絹でした。

 父は海外の服を参考にして、当時日本では使われていなかった新しい織柄
を発注していました。「フランス綾」などは、父が日本で最初に使い始めた
のだそうです。
 絹裏地は主として新潟にあった「越後サベリ」という会社に頼んで作って
貰っていました。発注していた裏地は表地の色に合わせて黒、紺、鼠などが
主流でしたが、その頃は茶色の服が今よりずっと多かったので、茶系の裏地
も何色か頼んでいたようです。茶色の服が今よりもずっと多かったというの
は現在店にストックしてあるを見るとよくわかります。
 当時父はもオーダーしていました。かなり大量に作った物もありました
ので、私も遠慮なく使いました。黒やグレーは大分なくなりましたが、茶色
の釦
はまだ沢山残っているのです。今は茶色の服が少ないので在庫が減らな
い…という訳です。
 さて、話を戻しまして・・・絹の裏地を使う箇所は主にジャケットの胴
コート(コートは全て)です。
 袖裏ベストの裏地パンツの腰裏などは傷みやすい箇所なので、絹は使
わずに綿とレーヨンの混紡を使い、別の裏地屋さんに注文をしていました。
裏地は他にもアルパカ地化繊(人絹)など数種類使いましたので、裏地屋
さんとのお付き合いは他にも幾つかありましたが、越後サベリへの発注が最
も多かったと記憶しています.
 当時は国産の絹が主流で、その需要もかなりの物だったのです。子供の頃
の記憶ですが、御殿場へ行く途中の「駿河小山駅」近くにも絹糸工場があり
ました(確か「富士紡績」だったと思いました)。
 横には小さな水力発電所があり、工場とパイプで繋がっていましたので、
多分工場専用の発電所だったのだと思います。当時は電気の受給が安定して
いなかった事もあると思いますが、自社の発電所が必要な程始終機械が稼働
していたのでしょう。こういった大規模な工場はそう多くはなかったと思い
ますが、製糸工場は日本各地に沢山ありましたから当時絹は日本の一大産業
だったのがわかります。
 ところが米国のデュポン社が1935年にナイロンを開発してから、裏地の
事情が徐々に変わっていきました。
 私が20代の頃は「礼服には絹を付けて…」というお客様もいらして、絹と
合繊を選ぶ割合は半々位でしたが、それから10年もたつと巷では色々な種類
の合繊がと発明され、私共の店でも"キュプラ"などを沢山使うようになり、
絹の需要はめっきり減ってしまいました。
 現在では絹の裏地を注文なさる方はごく稀で、むしろ表地に絹(混紡とし
て)を使う傾向にあります。

 最近耳にした話では・・・日本の絹織物の技術は大変進歩していて、まる
透き通るような極薄の絹が織れるようになったとかで、フランスなどでは
舞台衣装として大いに評価されているそうです。
 日本の技術を活かした物がこれからも沢山でて来るのを楽しみにしたいと
思います。

#185.絹の話 その壱

Posted by KINN Tailor on 30.2014 裏地の話   0 comments   0 trackback
 先日、群馬の「富岡製糸場」が世界文化遺産に登録された…という、誠に
素晴らしいニュースが飛び込んできました。

 絹と言うとどうしても和服のイメージが強いのですが、昔は洋服の裏地
絹を使っていましたから、洋服屋とも深い関わりがあります。
 絹の裏地はまず第一に非常に美しく、そして軽いのが特長です。表地と同
じように動物性の繊維ですから、馴染みがとても良いのです。糸が細いため
やや弱い事を除けば正に理想的な裏地だったと言えます。
 現在国内で養蚕をしているのは、ごく限られた所だけになってしまいまし
たが、私が子供の頃はとても身近な存在でした。

 以前ブログにも書きましたが、夏になると父が避暑に行かせてくれました。
御殿場の家を建てるまでは、農家の離れ(その家の人達は"新屋"と呼んでい
ました)を借りて過ごしましたが、本家の屋根裏部屋には養蚕をする場所が
作られていて、沢山のを飼っていました。これはごく一般的な事で、どこ
の家でも蚕を飼っていたのです。
 戦時中は御殿場に疎開していたため、農家の人手が足りない事もあって、
よく手伝いに行ったものです。田植えから稲刈りまでできる事は何でもしま
したが、その中に蚕の世話も含まれていました。
 蚕には桑の葉をあげるだけでなく、桑の葉を播いた後に蚕を両手で掬って
混ぜる
?…ような事をします。これは蚕が同じ場所に居続けないようにする
ためにやっていたのですが、棚は全部で30位ありましたから結構な仕事量
でした。

蚕の絵**

 余談ですが…この蚕の世話を一緒にやった人達の中に、東山千栄子さんが
居ました。小津安二郎監督の映画には常連のように出ていた女優さんですが、
近くに住んでいたそうで、遊びに来ては手伝いをしていたようです。近くに
「東山」という場所があって、そこの出身なので芸名が"東山千栄子"さんに
なったそうです。
 さて、話を戻しまして・・・蚕は大体40日位で繭になりますが、農家で
春と夏の2回(3回の所もある)蚕を育てます。蚕は冬は育ちませんので、
農業が忙しい時期に養蚕もしなければならなかった訳で、大変だったと思い
ます。
 何度か繭をもらって、茹でて糸を引いた事があります。あんなに小さな繭
から長い糸が引けるのに驚いたものです。昔はこの茹でた蚕も食べたそうで、
農家としては大切なタンパク源だったのだそうです。
 今の繭は、品種改良によって糸の太さ繭の大きさ等も変える事ができる
そうで、それによって桑の種類も変えているのだとか・・・。

 洋服の生地で言えば、羊の毛の太さもコントロールできるようですから、
技術の進歩は凄い!と感心しながら、同時に昔の種族(古代種?)も守って
もらいたいものだなぁ…などと、つい都合の良い事を考えてしまうものです。

#016.裏地

Posted by KINN Tailor on 14.2011 裏地の話   0 comments   0 trackback
 今日は「裏地」のお話です。  
 服の裏地というと、キュプラやアクリルなどの化学繊維を使っている所が
ほとんどどですが、私が修業していた頃は、絹かアルパカが主流でした。
 当時は現在のように化学繊維が発達していなかったこともありますが、絹
やアルパカは動物性素材ですので、表地のウールと大変なじみが良く、上質
の服によく使われていました。
 私の店では大部分が絹を使っていましたが、絹は少々摩擦に弱い…という
欠点があったため、袖裏ベストの裏そしてパンツの腰裏の三か所は、綿と
レーヨンの混紡の厚手の生地
を使いました。

裏地
          ※縞の生地が綿とレーヨン混紡の裏地

 現在では化学繊維も発達し、丈夫さやコスト面から絹を使うことも少なく
なりました。
 たまに、着物地やスカーフをお持ちになって「裏地」にする、大変贅沢な
ご注文をされる方もいらっしゃいますが、9割の方が化学繊維を使われます。
 私どもでは、主にキュプラを使っています。キュプラは科学繊維の一種で
すが、原料がリンターパルプと云って綿花を摘んだ後にサヤの中に残る“毛”
のようなものです。つまり、天然素材を薬品で加工して糸にしているので、
表地のウールやシルクなどに比較的なじみ易いのです。

 化学繊維の良さは原材料の組み合わせによって、さまざまな性質を持った
ものが作れるということです。最近はニット素材の表地が増えていますが、
それに合わせて裏地も伸縮性がなければいけません
こういったものを天然素材で作り上げるのはかなり難しいでしょう。

 最後に「裏地の細工」についてですが…日本では夏になると「背抜き」や
「半裏」「袖裏なし」などの加工をしますが、外国では意外と少ないのです。
「裏地」は滑りを良くするだけでなく、裏側にある芯やポケットの袋などの
諸々の物を隠してくれています

 つまり「裏地」を付けない箇所があるということは、こういった諸々の物
が見えてもいいように処理をしなければならない…ということです。
 これは結構手間がかかりますし細かい作業になります。海外の職人の方は
このような手間がかかることは、あまり得意ではなく、やりたがらないよう
です。
 背抜きや半裏は季節の問題だけでなく、日本人が器用で細工が得意だから
こそ
、できていることなのだと思います。

  

プロフィール

KINN Tailor

Author:KINN Tailor
服部晋(はっとり すすむ)
金洋服店 2代目店主
10代半ばから父・金生に師事し、洋服作りを修業。
伝統的な裁断・縫製技術を磨きながら日々研究を重ね「斜面裁断」や「プルダウン」など独自の技法を開発。
近年では後進指導のための私塾やセミナーなどを開催する一方で、技術継承のためにDVD制作にも積極的に取り組んでいる。

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